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友情ネットプロジェクト対談の第2回目は、宮城県名取市教育

委員会の瀧澤教育長をお訪ねしました。

名取市は、復興支援プロジェクトの一環としてバレーボール

イベントを毎年開催させて頂いているゆかりの深い街です。

瀧澤教育長との対談のお相手は、友情ネットプロジェクトの

会員として篤いご支援を頂いている佐藤製線販売株式会社の

林社長。

そして、山形在住で友情ネットプロジェクト指導員の斎藤

真由美さん。当プロジェクトに深く関わり続けて下さる御三

方から見た子供達のこれまでと、これからの友情ネットプロ

ジェクトについて様々なお話を頂きました。








震災で甚大な被害を被った皆さんが、子供らの姿を見て微笑んでいる様子を見ると、イベントのやり甲斐をつくづく感じます。(林)

司会
まずは名取市教育委員会の瀧澤教育長よりお話を頂きたいと思います。
名取市ならびに名取市教育委員会の皆様には、友情ネットプロジェクトの名取市の中学生の皆さんとの交流イベントにおいてたくさんのご支援を頂いております。
名取市は2011年の東日本大震災から6年目を迎えているわけですが、復旧の進捗はどのような状況でしょうか?

瀧澤
2011年3月11日、私はこの市役所の6階にいまして立っていられない程の衝撃を感じました。名取市ではあの震災で923名の方が亡くなりました。また、23名の小中学生も尊い命を失いました。
それから5年9ヶ月が経過して、まだ復興の途上ではあります。しかし最近ようやく目に見える形で復興が進んできているという感はあります。
閖上(ゆりあげ)地区の土地区画整理事業の工事は進行中で、災害公営住宅を500戸以上作る予定ですが、すでに入居も始まっています。同地区の水産加工団地でも数社が操業を開始しています。

閖上小中学校は内陸で仮の校舎を使っていますが、現地に小中一貫教育校として再建する閖上小中学校の起工式が7月29日に行われ、2018年4月開校に向けて工事が進められています。
まだまだ復興の途上ですが、一日も早く再建が進み、元のにぎわいのある街に戻ってほしいと願っています。

司会
教育委員会では、特に力を入れていらっしゃることなどはどのようなことでしょうか?

瀧澤
昔から言われていますが、知・徳・体、つまり知育、徳育、体育の調和のとれた子どもの育成を目標としています。
ありきたりと感じられるかも知れませんが、震災後、当たり前のことや日常というものがいかに大切かつくづく感じました。
学校で子供が笑ったり遊んだりケンカしたりしていることが当たり前だと思っていましたが、震災から1か月以上も学校が再開できない中で、当たり前の状況というものがいかに多くの力に支えられて成立していたか、そのことを痛感しました。
そうした事もあってあまり欲張らず、知育・徳育・体育ということを大切にして参りたいと思っています。

司会
林様には、日頃より、友情ネットプロジェクトの会員として活動に熱いご支援を頂いております。
林さんは、佐藤製線販売株式会社の社長でいらっしゃいますが、佐藤製線販売さんは、地元宮城県を拠点に、幅広く事業を展開していらっしゃいます。まずは、事業を通して、宮城県や東北の復興への想いや取り組みなどをご紹介ください。


私の会社は昨年創業70周年を迎えることができました。
当社は東北地方を基盤とした建設資材の販売会社です。創業の地は亘理町で名取市と同様に震災では甚大な被害がありました。震災を契機に、地域貢献の意識を強く持つようになりました。

私達が現在行っている地域貢献は子供たちへの支援が中心です。
一つは友情ネットプロジェクトで中学生の支援。
二つ目は少年サッカー大会で、宮城テレビ杯仙南地区予選会を主催しています。
三つ目としては、スポーツ少年団少年野球大会を、今年は20チームが参加する大会として開催することができました。更に、ベガルタレディースマッチスポンサーをやっております。2013年の大会では町内の仮設住宅の住民の方を御招待させて頂き、その後はスポ少、中学校部活の子供たちを招いています。
こうしたイベントを通じて、震災で甚大な被害を被った皆さんが、元気な声や笑顔で運動している子供らの姿を見て微笑んでいる様子を見ると、イベントのやり甲斐をつくづく感じます。



司会
友情ネットプロジェクトの指導員をしている斎藤さんは、イトーヨーカドーやダイエーオレンジアタッカーズ、パイオニアレッドウイングスなどの実業団チームやⅤリーグチームで優勝の経験を持ち、全日本の代表選手としても活躍されました。
現在は、山形県の天童市にお住まいで、主婦として、お子さんを育てる母親として、そして地元天童市の教育委員会に関わるお仕事など、バレーボールに関わる事柄以外に幅広い活動をされています。

斎藤
私は現役時代に3つのチームに所属してきました。イトーヨーカドーの11年を皮切りに、ダイエー、パイオニアではプロ選手として所属していました。そのパイオニアが山形にあり母が米沢出身ということで山形に縁を感じていました。
将来、子供を育てるなら、自然が豊かな場所で都会では感じることの出来ないたくさんのことを経験してほしいと、引退後は天童市に定住を決め16年になります。お陰様で9歳になる息子は、心の感じるまま素直に育っています。これも、子供たちを見守って下さる地域の方々のお陰だと感じています。
また天童市より「子供の育成・スポーツと教育・食育・その他様々な問題や取り組みについて、バレーボールで得た経験や子を持つ親の立場から忌憚のない意見を聞かせてほしい」とのご要請をいただき、同市で教育委員会のお仕事をしております。
特に絵本の読み聞かせには熱心に取り組んでおりまして、子供が学校を卒業した後でも継続していきたいと思っています。

長年バレーボールを通じて学んできたことですが、スポーツは、子供の教育にとって、友達を作り、心を通わせるツールの一つです。特にバレーボールは、社会に出てからも必要な「規律」や「協調性」「コミュニケーション能力」を引きだすことのできるスポーツです。仲間と力を合わせ、目的を達成できた時の喜びの経験は、社会でつらい事に巻き込まれた際の心の支えとなってくれると思っています。


最良の教師は子供の心に火を灯す、という言葉がありますが、このイベント自体にそうした力があると感じています。(瀧澤)>>>